− 転空魔城の怪談 −




夏の暑い夜。怖い話でもして盛り上がろうと、フォルカ、フェルナンド、アリオンが集まった。
もちろん言い出したのはアリオンだ。

早速アリオンが楽しげに話し出す。とっておきの怖い話だぜと前置きして。



「その昔な、あの長い廊下でな、バナナの皮で転んだ修羅将軍がいたんだよ。」

「はっ、それのどこが怖い話なんだ?」
フェルナンドが鼻で笑って話を遮る。

「いやいやいや、これが怖いんだぜ?最後まで聞けって。」
それを軽く制して話を続けるアリオン。

「それでな、その修羅将軍、運の悪いことに打ち所が悪くてそのまま死んじまったんだ。」

「それは可哀相に…」
フォルカが本当に悲しげな顔で相槌を打つ。

「そんな間抜けな死に方する奴いるかよ。」

さぞかしつまらなそうに一蹴するフェルナンド。しかしアリオンは待ってましたとばかりに話を盛り上げる。

「そう!だからその修羅将軍もよっぽど無念だったわけよ。」

わざと声を低くして話を続ける。
「無念の余り死にきれなくてよ…出るらしいぜぇ…」





「な…何が出るんだよ…」

思わず聞き返すフェルナンドに、アリオンはにやにや意地悪に笑いながら答える。

「夜の廊下を一人で歩いてるとな…バナナの皮で転んで死んだ無念の修羅将軍の霊が出るんだよ!」

「よっぽど無念だったのだな。」

フォルカがまた気の毒そうに言う。ここは怖がるところなんだがなぁとアリオンは拍子抜けして呟く。が、フォルカに言っても仕方な いだろう。
一方フェルナンドは
「し、死んだ奴の何が怖い。」

ちょっぴり声が震えている。
怖がってる様子を見てとったアリオンは再び調子に乗って、わざとらしい口調でおどかす。

「そうそう、出るだけじゃないんだぜ?」
「…どういう意味だ?」
「その修羅将軍の霊…自分が転んだ無念からその廊下を通った奴を転ばせて大怪我させるんだってよ。」
「!?」

「それはひどいな…人にあたるのは漢らしくないぞ。」
フォルカから冷静に正論が飛び出す。

「はいはい、ごもっとも。でもとにかく出るもんは出るんだよ。夜一人で歩く時は…お前らも気をつけろよ?」
もったいつけて言うとにやりと笑う。

「わかった、気をつける。」

くそ真面目に答えるフォルカの横で、フェルが鳥肌をたててるのをアリオンは見逃さなかった。



       ++++++++++



−翌日の夜−

フェルナンドは今日も遅くまで修業に打ち込んでいた。
そして一日の修業を終えていつも通りに帰ろうとした時、はたと気付く。
部屋に帰るには、修羅将軍の霊が出るという長い廊下を通らなければいけないのだ。

「は、はは…まさかな…」

昨日聞いた話を思い出して一瞬顔を引き攣らせる。だが、彼も修羅の漢。何を恐れることがあろうか。
迷うことなく足を踏み出し、自室へ向かう。


「…」


しかし、例の廊下に差し掛かると、フェルナンドは段々早足になっていた。
いつもより暗く長く感じる廊下に冷や汗が出る。
そんな時…


(コツコツ…)


「!?」

自分以外の足音が聞こえる気がした。びくっとして立ち止まると音は聞こえない。

(バカ!自分の足音が響いただけだ!)

確かめるのが怖くて後ろを振り向けないまま再び歩き出す。
さらに早足になって…すると確かに後ろからもう一つ足音が聞こえる気がする。

(な、なんなんだよ!?)

もう一度立ち止まって思い切って後ろを振り向こうとした刹那、後ろの足音がタタタッと距離をつめてきてガシッとフェルナンドの肩 を掴む。


 「ぎゃああぁぁぁ!!!!」


びくっとしてただでさえ逆立った髪の毛がさらに逆立つ勢いで叫ぶフェルナンド。

「ははは、驚いた〜?」
後ろから聞いたことがあるであろう声がしたが、今のフェルナンドの耳には届かず…
フェルナンドはふるふる拳を震わせ、

「…機神…」

「へ?」

「轟・撃・拳!」

「うわっ!ちょ、タンマ!」

振り向きざまに力一杯の飛び蹴りをかます。


「うぉあ!!」
命中した誰かが大きく吹っ飛ぶ。

「うあああぁぁ!!」

フェルナンドはそちらをちらりとも見ずに一目散に駆け出した。そしてフォルカの部屋のドアを壊れそうな勢いで開くと声を振り絞って 叫んだ。

「ふぉ、フォルカー!で、出たー!!!」


突然のフェルナンドの勢いに、フォルカはちょうど遊んでいたジグソーパズルのピースを摘んだままぽかーんとしてしまう。

「?…何が出たんだ?」
「幽霊だよ幽霊!ちょっと来い!」

フォルカの手を引っつかむとそのまま引っ張っていく。フォルカも親友の尋常でない様子に黙ってついていく。
例の廊下に着くと、フェルナンドが状況を説明する。

「…このあたりだ、ここを歩いてたら後ろから肩を掴まれて…」

フォルカはあたりを見回して様子を見るが、特に何もおかしなところはない。
「…何も変わったところはないようだが。」
「確かに出たんだよ!冷たい手が俺の肩を…」
「あっ!」
「で、出たのか!?」
興奮してまくし立てるフェルナンドの言葉を遮ったフォルカの声にびくっとする。しかしフォルカが見つけたのは
「アリオンが倒れている!」
「な?!」

廊下に倒れているアリオンだった。二人は慌てて駆け寄り助け起こす。

「アリオン、しっかりしろ、大丈夫か?」
「お、お前も修羅将軍の霊にやられたのか!?」
二人の声に目を開くと苦しそうに言葉を紡ぐ。

「うぅ…もっと怖いモンにやられたよ…」
「なに!?他にも幽霊が出るのか!?」
フェルナンドが青ざめる。
「違う違う、…俺をやったのは…そこにいるよ。」
フェルナンドを指差す。

「フェルナンド?」

驚くフォルカ、しかしフェルナンド自身はさらに驚いて声を荒げる。

「はぁ?!な、なんで俺なんだよ!」
「覚えてないのー?
ちょっとおどかしただけなのに思い切り機神轟撃拳かましてくれてさー…イテテ」
「…?…!!!」

言われてさっきの事を思い出す。確かに自分は機神轟撃拳を…。
状況が飲み込めた瞬間、青ざめていたフェルナンドの顔が一気に真っ赤になる。

「き、きき、貴様だったのか!?」
上擦った声で怒鳴る。
「いやぁ、こんなに驚くとは思ってなくてさ…」

アリオンも予想外の展開に困った顔をする。そこで黙って聞いていたフォルカが口を開く。

「…つまりフェルナンドは、アリオンを幽霊と間違えたということか?」
「!!」

「ま、そうだな」
単刀直入に事実を突き付けられてフェルナンドは恥ずかしさで叫び出しそうになる。
だが叫ぶより前にフォルカが言葉を続けた。

「そうか、じゃあ幽霊はいなかったのだな。よかった。」
「え?」

笑顔を浮かべるフォルカ。意外な笑顔に拍子抜けしていると、フェルナンドの方を向いてさらに続ける。
「それならば安心して廊下を通ることができる。な、フェルナンド?」
「あ、ああ…」

フォルカの純粋な言葉にフェルナンドも気を鎮める。
アリオンの方を向き直り、恥ずかしさで赤くなり目を反らしながらも素直に謝る。

「おい…アリオン、その…すまなかった…」
「俺も、おとなげないことして悪かった。…おあいこだな。」
アリオンが応えてくすりと笑う。


これにて、天空魔城廊下の怪は一見落着したのだった。

  ちなみに、アリオンの手当てはフェルナンドが責任もってしたそうです。









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