誰もいない床の間。フォルカの手には、美しい白百合。フォルカはその場に正座して、静かに花を活ける。
フォルカの大きな手は、繊細に花を包み、美しい姿をそのままに活けていく。静かに、静かに…。
「……」
フォルカの手によって、白百合は美しく優雅に、それでいて凜としたたたずまいを崩さぬ姿で活けられた。
「お…花か」
そこへやってきたフェルナンドが、フォルカの前の活け花を見つける。
フォルカは活け花を飾り、ゆっくり立ち上がると、呟くように小さく口を開く
「…覚えているか?フェルナンド…二人で兄さんのために百合を探しに行った…」
すぐさまフェルナンドも答える。
「ああ…兄さんの好きな白い百合を求めて、山に分け入った。」
二人は思い出していた…幼き日のこと。
心から慕う兄へ贈り物をしたくて、二人で一生懸命考えて。兄さんの好きな、珍しい白い百合を探しに行くことにしたこ
と。
「…なかなか無いな〜」
「どれも赤とか橙だねー」
きょろきょろと辺りを見回しながら山道を行く幼いフォルカとフェルナンド。
「兄さんの好きな白い花…見つけて帰ったらきっと喜んでくれるよね!」
「ああ!いいか、白い花の中でも、白百合が一番なんだ!絶対見つけて帰るぞ!」
「うん!!」
兄さんは白い花が好き、中でも特に白百合は別格…。
修羅界の百合はほとんどが地球で言うオニユリのような橙色に斑点のあるような、そんな種類ばかり。
しかし、そんな攻撃的な色彩の中、何物にも染まらず綺麗な純白の花を付ける白百合があるのだと。
美しく、気品があり、凜としたたたずまいのその白百合が好きなのだと。兄さんが言っていたのを二人は覚えていた。
「珍しい花なんだって言ってたけど…どこに咲いてるのかなあ。」
「二人で探せば絶対見つかるさ!行くぜ、フォルカ!」
「あ、待ってよフェル〜!」
二人は元気に走り出す。
無垢な笑顔で無邪気な笑い声を響かせながら、山奥深くへと進んでいく。兄さんに花を届けたい一心で、二人は子供特
有の無謀さでもってどこまでも歩を進めていく。
しかし、日は傾き木々の合間から注ぐ光も橙色になってきたころ、二人にも疲れが見え始めていた。
「フェル…お花さん…見つからないね」
ぽってり眉を下げて、あまり元気の無い声でそう言うフォルカ。
「もうちょっとだ!きっとすぐ見つかる!」
フェルナンドは苛々した声で返事しながら大股で進んでいこうとするが。
「でも…なんか暗くなってきたよ?」
フォルカは不安げなか細い声で言うと、フェルナンドの服の裾をぎゅっと握る。言われて辺りを見回すと、薄暗い森の中
が急に不気味に思われて、フェルナンドの足も止まってしまう。
「フェル…もう帰ろう?兄さんが心配するよ…」
「そう…だな…、今日はこのぐらいにしとくか!」
わざと大きな声を出すフェルナンドもすっかり覇気を失って。二人は来た道を戻り出す。
しかし、少し歩いて、すぐに二人は気がついた。
「ねえ、フェル…」
「…なんだよ…」
「僕たち…どっちから来たんだっけ?」
「うるさいな!オレも今考えてる!」
薄暗い山奥は、どちらを向いても不気味な暗がりで、まるで同じ所をぐるぐる回っているように感じられ不安を煽る。自分
達がどこから来たのかさえもう分からなくて…。
「…僕たち…迷子になっちゃったのかな?」
「バカなこと言うな!…おい、泣くなよフォルカ…大丈夫だって」
一気に涙ぐむフォルカ、フェルナンドはフォルカの肩をぎゅっと握って元気づけようとするが。
「このまま…帰れなかったら、もう兄さんに会えないのかな…ぐすっ」
「泣くなったら!フォルカ…」
瞳を潤ませたフォルカの言葉に、フェルナンドまで涙ぐみそうになった時…突然辺りに突風が吹き荒れた。
「え!?」
「…!!兄さんだ!!」
空を見上げれば、そこには兄の愛機、マルディクトの姿。
美しい銀髪と外套を翻し、二人の前に降り立つ兄・アルティス。威厳を感じさせるその姿で、二人に歩み寄る。
「二人とも、こんな遅くまで何をしていたんだ?心配したぞ。」
けれど、二人を諌めながらも穏やかで優しいその声に、二人は安堵し顔をほころばせて兄に走り寄り抱き着く。
「兄さん!兄さぁん!!」
「兄さん!オレ達、兄さんに白百合が見せたかったんだ、それで…」
フェルナンドが必死で理由を説明する。それを聞いて、アルティスは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに穏やかな笑顔に
戻り
「白百合を探して、こんなところまで来たのか?」
二人を抱きしめ、顔を見て尋ねれば二人は大きく頷く。
「でも見つからなくて…ごめんなさい、兄さん…」
しょんぼりと俯くフォルカ、アルティスは二人の頭を優しく撫でて言い聞かせる。
「その気持ちが一番嬉しい。それに、お前達が無事で何よりだ。」
兄の微笑みに、つられて二人も笑顔を返し純粋な瞳で兄を見つめる。
「もう遅い。さあ、帰るぞ。フォルカ、フェルナンド。」
フォルカとフェルナンドは、アルティスに連れられ、マルディクトに乗り込み家路に着いた。その帰り道…
「…?」
遥か下方を見下ろせばそこには…
「ああ!見て、兄さん!!」
見下ろした山間に、白く輝いて見えるような白百合の一群が見えた。
「見つけた…やったー!見つけたぞー!」
「兄さん、見える?ほら!」
フォルカとフェルナンドはきらきら瞳を輝かせて、白百合を指し示して見せる。
見上げた兄の優しい笑顔が、本当に嬉しかった。
「そうしたら、ありがとうって兄さんが…」
フォルカは目を細めて話し続ける。
「ああ、お礼を言うのは、迷った揚句兄さんに助けられた俺達の方だってのに…」
フェルナンドも懐かしむように目を細めている。
「そう、道に迷って…
兄さんはそんな時いつでも俺達を助けてくれて…迎えに来てくれて…」
思い出される、兄との記憶。
言葉にするほど、兄のいない現実が心に突き刺さり、声が途切れる。フォルカは涙ぐんだ瞳を隠すように俯く。
「フォルカ…」
フェルナンドはそっと近づくと、友の肩を抱き、言葉を綴る。
「もう迷うな。これからは俺達で道を見つけていかねばならん。」
フェルナンドは強く厳しくそう言いながら、優しく微笑む。
その姿を、まるで兄のように感じながら顔を上げるフォルカ。まだ少し潤んだままの瞳に切ない色を見せるフォルカを見つ
め、フェルナンドは言葉を続ける。
「大丈夫だ、俺達二人なら、もう迷うことはない。兄さんがそう導いてくれたのだ。」
迷いの無いその言葉に、フォルカも涙を拭う。
「そうだな…フェルナンド。迷わず歩んでいかなければ。俺達の道を。」
フォルカも力強く頷き、意志を秘めた微笑を返した。
誰より慕った兄の存在は、二人の心の中に生きている。そして、二人を成長させ、支えてくれる…。
大切なことを教えてくれた最愛の兄に、手向けの白百合を…。
白百合の花言葉、純粋、無垢、そして…威厳。
終
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